OTAKU

手を怪我したけれど、病院から現場に直行したオタクの話

7月某日の朝5時過ぎ、渋谷で開催されていた推しの写真展に行くべく身支度をしていた。7時半に整理券を配布するという情報のもと、それに間に合うために6時半には家を出ようと心に決めていた。

シャワーを浴びた風呂上がり、ルンルン気分であったことは事実である。そんな時に洗面台で事件は起きる。右手を負傷した。

なぜそうなったのか詳細は伏せるが、目の前に広がるあまりにもグロテスクな光景に心臓が止まりそうだった。こういうのは本当に苦手である。

この時点で写真展にいくことは一旦諦めた。写真展だし、本人がいるわけではない。期間中に行くことができれば良いのである。そう冷静になろうとした。

実は、その日は日曜日で、やっている病院を探すのも一苦労だった。家の最寄り駅から各駅停車で4駅、そこから歩いて5分の病院に片手から血を吹き出しながら向かった。

途中でコンビニに寄ったが、右手を店員さんに見られないよう気をつけた。もし、この近辺で事件でも起きたら、目撃情報として「手を怪我した女が買い物に来た」なんて情報提供されてしまう恐れがある。たまったもんじゃない。

9時に病院について、第一の壁が待ち受けていた。問診票である。初めてかかる病院では住所とかも書かなければならない。右手で字を書くわけだが、手に力を入れることもできず、フニャフニャな字で問診票を書き上げた。一応頑張れば解読可能レベルではあったがひどいもんであった。

怪我の状態はというと、診察室でに入り、速攻で「縫いましょう」と言われるほどの怪我だった。傷口をみてそうなることは予想していたものの、縫合というのは恐怖である。

まず、麻酔の注射がマジで痛かった。しかも、一度で麻酔がちゃんと効かなかったので2回も打たれて、その日の朝からすり減っていた私のHPが大幅に減少した。

そして、無事に麻酔が効いて、施術に入る。先生が暑がりらしく、ビビるくらい冷房の温度を下げられた。私も暑がり族であるが、その私も驚くほどの寒さであった。冷蔵庫のなかに入っている感覚に陥ったのは生まれて初めてだった。

無事に縫合された私の右手は包帯でぐるぐる巻きにされていた。夏真っ只中にこんな酷い仕打ちあるかよと絶望である。

そして薬局に寄る。悲しいことだが問診票は書かされる。普段字を書くのが好きな私だが本当に地獄だった。痛み止めをもらい、帰宅しようとした…

あれ、今何時?

その時、10時すぎであった。Twitterで写真展の情報を確認したところ、昼過ぎの時間帯の整理券を配布しているというではないか。

これは今すぐ渋谷へ行くしかないと即決断し、家に戻らず現場へ直行することになったのである。

家とは反対方向の電車に乗り込む。電車に揺られ、某駅で山手線に乗り換えた。そこまで座ることができていたが、日曜ということもあり、山手線ではさすがに混み合っていて座れなかった。右手で思わず、手すりを掴んでしまった。人差し指付近は麻酔が切れていなくて感覚がおかしい。

何をやっているんだろうと私は思った。こんな状態で推しの写真展に向かうなんて。おかしな行動をとっていることは間違いなかった。

 

さて、渋谷に到着。確か11時ごろであった。

写真展はGALLERY X BY PARCOで開催されていた。渋谷なんて数え切れないほど訪れているのに、スペイン坂に行くのは初めてだった。

写真展の会場前では前の時間帯の整理券を持った人たちの入場待機列ができていていた。とても暑そうであった。わたしも1時間経たないうちにここに並ばされるのかと思うと帰りたくなったが、もう後戻りはできない。スタッフらしき人に声を掛けて、整理券をもらうことに成功した。

このスタッフさんは、整理券を受け取った手の包帯はついさっき巻いたばかりで、まだ麻酔が切れていないことなんて知らないだろう。

近くにはGong cha(ゴンチャ)もあった。私は週一でタピオカを飲む上に、自宅でもインスタントタピオカを常備しているほどタピオカには目がない。まだゴンチャを体験したことはなく、一度は飲んでみたいと思っていたが、目の前にあるのに、タピ欲は一切沸くことはなかった。

これからグッズで金が飛ぶことと、病院で4000円くらい使ったことで金銭的メンタルを打ちのめされたことが理由である。

その辺の日陰でスマホをいじりながら時間を潰し、整理券に書かれた時間になった。私は整理番号はその時間帯の遅い方だったので、列の後ろの方に並んだ。暑すぎた。行くのを諦めていたので、暑さ対策のグッズを何も持っていなかった。持っていたのは水分くらい。整列して入るまでに15分くらいはかかった気がする。正直いって暑すぎて並んでいる時の記憶が正確ではない。覚えているのは、入り口に近づいた時に冷房の風が外に漏れてきて涼しかったことくらい。

ようやく中に入り、推しの写真を堪能する時が来た。ここに辿りつくまでの苦労が報われた。推しが美しい。こんなに綺麗な推しの写真をのんびりと大きな写真で観れるなんて最高すぎる。素敵な空間だった。

私は芸術をうまく言葉で表現することができない。いつも観ている推しもスーパースターであるけれど、また違った形で輝いていた。私の推しをこの世の中にある形容詞で語りつくすなんて無謀だということをこの写真展で感じた。

この写真展には、写真が撮れるスペースが用意されていた。パネルを持って、スタッフに写真を撮ってもらうことができる。正直こういうのは苦手だ。撮影ゾーンの先にグッズ販売コーナーがあるため、順番に並んでいるが、「私はいいです」と断りたかった。人に自分の写真を撮られている場面を観られるのは恥ずかしい。

でも、それで良いのか。こんな険しい道を乗り越えてきたのにそれだけの理由でNoというのか…

葛藤していると順番が次の次まで迫っていて、写真を撮ってもらうことを心に決めた。恥ずかしかったけど、後から見返すと、撮ってもらって良かったと思った。ちらっと包帯が写っているのも良い思い出である。もしあの時、撮ってもらわなかったら後悔していた気がしている。

今後もこのような場面があったら羞恥心に負けないようにしようと心に決めた。

私は、この日に写真展に行って良かったと心の底から思っている。一生忘れることのできない思い出がこの写真展に付加されたこともあるが、自分がまだフットワークが比較的軽いオタクであることがわかったからである。正直、20代前半とはいえ、学生の頃に比べると、年々体力に衰えを感じている。今後、現場に行くことも年齢を重ねたら減ってしまうのではと危惧していた。

つまり、あの精神状態、あの体力を消耗した状態で「現場に直行」という判断を下したことにより、近頃の心配を払拭することができたということだ。

「まだオタクとして生きていけるのか!良かった!」と心から落ち着くことに成功した日になった。

今回は比較的体力消費の少ない現場であったものの、行くと決断をしたことに意味を感じている。というか、多少ハードな現場*2であってもたどり着くことができたら、あとは身をまかせることだけを考えれば良いのでは?とまで、今は考えている。実際のところ、現場なんて興奮しっぱなしということもあって、疲労を感じたとしてもその場は乗り越えてしまえそうだし。

疲労を恐れているのがバカバカしくなった。「何があってもとにかく現場に向かえ」と今回の怪我が教えてくれた。オタクというものは、その場にいなければいけない存在なのである。

つまり、私はまだまだオタクが辞められないということを知ることになった。それは、自分にとって安心できることでもあり、オタ卒は一生できないのかと少し焦燥感も抱くことになった。

さて、次の現場は油断せず、慎重に身支度をしよう。